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★あけましておめでとうございます★

遅くなりましたが新年のご挨拶と新たな舞台へ向けて…


音楽劇『P.G.―Peer Gynt―ペール・ギュント』の公演情報・チケットのお申し込みはこちら
昨年も多くのお客様との出会いを経て大きく成長したD.R.P.。
『喜劇―人をしあわせにするちから』と題し、3本の戯曲を上演しました。

劇場は生きる力を得る場。ものを考える力を得る場。

芝居を観ながら笑い、驚き、悲しみ、怒る。
それは人生をより豊かに送るために必要な道具であるはずです。
古来より演劇が脈々と受け継いでるその使命を、声高に掲げる必要はこれまでありませんでした。それを武器としてかざした時点で、演劇はプロパガンダになり、シュプレヒコールになり、政治運動の中に消えていきました。

いま、その力はありません。ないのではなく、対象としていないからかもしれません。演劇の向いている方向が、社会ではなく、もっと小さい、個人の性質や生き方などミニマムなところに向いているからです。集団性に疲れ、自分の弱さや無関心を取り繕うために、個性重視という名の逃げ道に逃げ込んでいる向きのある現代日本人にとって、社会とは自分の関心事や生活と直結した部分しか見る余裕はありません。

そんなやせ細った日本人の感受性の受け皿として、劇場はもっと活用されるべきなのではないでしょうか。演劇は演劇人の自己犠牲の場所でも、存在確認の場所でもないのです。事業仕分けで文化に対する助成が削られることに、怒りの声を上げているのが、全くもってその恩恵を受けている演劇関係者だけで、その他の大勢の演劇人たちが無関心なことに、すでに自分たちのごく小さな事象でしか演劇を捉えられなくなってしまっている余裕のなさがうかがい知れます。

気になるのは 日本演劇のため より 明日出るバイト代 です。


そんな感性で、心の渇いた日本人たちに何を見せることが出来るのか。
自分たちはどこへ向かって 何を幸せな生き方だと満足できるのか。

悩みました。物心ついて以来ずっと「不況」で、「景気がいい」というのはどういうことなのかわからず、「失われた10年」だと勝手に気の毒がられ、何となく敗北感を植えつけられたわたしたちの世代。

そろそろ30代。子供の頃描いていた自分に近づいているのだろうか。

人生の最初の岐路、ともいうべきわたしたちの漠然とした不安。その目線で「本」を手に取りました。

ものを見る目、というのは何かを生み出す動機といって十分成立するものだと思います。

今回、かつてD.R.P.ががむしゃらに「戯曲の紹介」に努めてきた頃に上演した『ペール・ギュント』では見落としてきた、ペール・ギュント自身の

自分らしさへの不安と渇望

を大きな軸に、自分たちを含めた演劇とは縁もゆかりもない人たちにも楽しめ、一緒に何かを分かち合える舞台を創りあげていきたいと願っています。


前置きが長くなりましたが、今回は2年前と同じ戯曲ですが、台本も一新し、多くのD.R.P.ニューフェイスを迎え、3年目の船出にふさわしいあらたな挑戦です。徐々にその詳細をお伝えしていこうと思います。

今回、東京公演は昨年夏以来の座・高円寺2、ちらしも新緑のイメージのグリーンが輝いています。

そして!D.R.P.初旅公演。東京を飛び出し、(財)広島市文化財団アステールプラザの主催公演として、3月に広島へ参ります。こちらはほとばしるエネルギーの炎の色、レッドが輝くチラシとなっております。


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そして本日初顔合わせ、初本読み。台本が遅れてすみません…。というわけで、写真は稽古の後半、ちょっぴり空いた時間で歌稽古の準備練習中の俳優陣。

カメラを意識してなんとなくポーズをとってしまうのが俳優の悲しい性なのか(笑)。


本年もよろしくお願いいたします。
(S.TAWATA)